社員から提出された診断書に「適応障害」と書かれていたものの、数週間から数か月後には「うつ病」に診断が変わっていた――。
人事・労務担当者としては、
「適応障害とうつ病は何が違うのか」
「最初の診断は間違っていたのか」
「うつ病に変わったということは、悪化したのか」
と疑問に思うことがあるでしょう。
適応障害とうつ病では、「気分が落ち込む」「眠れない」「仕事に行けない」など似た症状がみられます。しかし、病気が起こる仕組みや治療の考え方には違いがあります。
適応障害とうつ病は何が違うのか
適応障害は、分かりやすく言えば、特定のストレスにうまく適応できず、その反応として心身に症状が出ている状態です。
例えば、
- 部署異動後から眠れなくなった
- 上司との関係が悪化して出勤できなくなった
- 仕事内容が変わってから不安や動悸が強くなった
といった経過です。
適応障害では、特定のストレスと症状との関連が重要になります。そのため、治療でも休養、ストレスから距離を置くこと、環境調整、心理的支援などが中心になります。
一方、うつ病は単に「嫌なことがあって落ち込んでいる」という状態ではありません。
うつ病では、ストレスや遺伝的要因、心理的要因などに加え、セロトニン、ノルアドレナリン、ドパミンなどの神経伝達物質を含む脳内の情報伝達機能の変化が関係すると考えられています。
もちろん、「うつ病はセロトニンが不足するだけの病気」というほど単純ではありません。現在でも発症の仕組みがすべて解明されているわけではありませんが、適応障害よりも、脳内の生物学的な変化を含めて病気を考える点が特徴です。
治療方法にも違いがある
こうした病気の仕組みの違いは、治療にも表れます。
適応障害では、原因となっているストレスへの対応が重要です。休養を取る、職場環境を調整する、ストレスとの付き合い方を整理する、といった対応が中心になります。
一方、うつ病では、休養や精神療法などに加えて、必要に応じて抗うつ薬による治療が行われます。
代表的な抗うつ薬は、セロトニンやノルアドレナリンなどの神経伝達に作用します。
一方、「適応障害」という診断そのものは、一般的な抗うつ薬の承認された効能・効果には含まれていません。
ただし、適応障害では薬を一切使わないという意味ではありません。不眠や強い不安など、それぞれの症状に応じて薬物療法が行われることはあります。
人事・労務担当者としては、次のように整理すると分かりやすいでしょう。
| 適応障害 | うつ病 | |
|---|---|---|
| 病気の仕組み | 特定のストレスへの反応が中心 | 脳内の情報伝達機能の変化を含む複数の要因が関係 |
| ストレスとの関係 | 特定のストレスとの関連が重要 | ストレスがきっかけになることはあるが、それだけでは説明できない |
| 治療の中心 | 休養、環境調整、心理的支援など | 休養、精神療法、必要に応じて抗うつ薬 |
| 抗うつ薬 | 適応障害そのものは一般的な適応症ではない | 治療選択肢の一つ |
ただし、この表だけで人事担当者が診断することはできません。
なぜ適応障害からうつ病に診断が変わるのか
精神科では、初診時だけですべての診断が確定するとは限りません。
例えば、
「部署異動という明確なストレスがあり、その後から眠れなくなって会社に行けなくなった」
という場合、初診時には適応障害と診断することがあります。
その後休職し、仕事から十分に離れます。
そこで症状が改善すれば、ストレスとの関連が強かったことを示す一つの材料になります。
一方で、
- 仕事から離れても強い抑うつ状態が続く
- 趣味にも興味が持てない
- 家庭生活でも活動性が大きく低下する
- 食欲や睡眠にも大きな変化が続く
といった経過が明らかになると、うつ病など別の診断を検討することがあります。
つまり精神科では、その時点で最も妥当と考えられる診断をつけ、その後の経過を見ながら診断を見直すことがあります。
そのため、
「適応障害からうつ病に変わった=最初が誤診だった」
とは限りません。
また、診断変更だけを見て「悪化した」と判断することもできません。時間が経過したことで、病気の特徴がより明確になった可能性もあります。
「適応障害だから軽い」とも限らない
もう一つ注意したいのが、
「適応障害は軽く、うつ病は重い」
という理解です。
適応障害でも症状が強ければ出勤できなくなることがあります。一方、うつ病でも適切な治療によって回復し、安定して勤務できる方はいます。
企業にとって重要なのは、診断名そのものより、
「現在、この社員がどの程度働ける状態なのか」
です。
人事・労務が判断するのは「病名」ではなく「働ける状態か」
会社が判断しなければならないのは、
- 現在の仕事を継続できるのか
- 休職が必要なのか
- 復職できる状態なのか
- 所定労働時間働けるのか
- 残業や出張は可能なのか
- どのような就業配慮が必要なのか
といった就業上の問題です。
これは診断書に「適応障害」「うつ病」と書かれているだけでは判断できないことがあります。
主治医の役割は、患者さんの病気を診断し治療することです。
一方、産業医には、その医学的な状態を実際の仕事内容と結びつけ、「働ける状態か」を判断する役割があります。
メンタル不調では精神科産業医の視点が役立つ
適応障害とうつ病は、会社から見ると非常によく似ています。
しかし、病気の仕組みや治療、経過の考え方には違いがあります。
そのため、
「診断書を受け取ったが、会社としてどう対応すればよいか分からない」
「主治医から復職可能とされたが、本当に元の仕事に戻してよいのか」
「本人が希望する配慮に医学的な必要性があるのか分からない」
といった場面では、精神症状と仕事内容の両方を評価する必要があります。
精神科産業医は、精神科医として病気や症状を評価する視点と、産業医として実際の職務遂行能力を判断する視点の両方から整理することができます。

横浜・辻産業医事務所では、精神科専門医・産業医の立場から、メンタルヘルス不調者の休職・復職、就業配慮、診断書への対応について、精神科の医学的評価を企業の実際の就業判断につなげる支援を行っています。
適応障害やうつ病など、メンタルヘルス不調者への対応で判断に迷われている企業様は、精神科産業医への相談をご検討ください。
