「症状が良くなった」と「仕事ができる」は同じではない|うつ病の回復で人事が知っておきたいこと
メンタル不調で休職していた社員から、
「最近はかなり元気になりました」
「眠れるようになりました」
「気分の落ち込みもほとんどありません」
と聞くと、人事担当者としては、「それなら、もう以前と同じように仕事ができるのではないか」と考えるかもしれません。
しかし、精神科では、「症状が良くなったこと」と「以前と同じように仕事ができること」は分けて考えます。
特にうつ病では、人事担当者に知っておいていただきたいことがあります。
それは、気分や睡眠などの症状が改善しても、仕事に必要な「頭の働き」の回復には時間がかかることがあるという点です。
うつ病では「頭の働き」も低下することがある
うつ病というと、
「気分が落ち込む」
「何もする気になれない」
「眠れない」
といった症状を思い浮かべる方が多いと思います。
しかし、うつ病ではそれだけでなく、
考える、覚える、集中する、判断する、仕事の段取りをつける
といった力が低下することがあります。
医学的には、こうした働きを「認知機能」と呼びます。
職場では、例えば、
- メールを読んでも内容が頭に入りにくい
- 説明されたことを覚えておくのが難しい
- 複数の仕事を頼まれると混乱する
- 以前より作業に時間がかかる
- 優先順位を決めるのが難しい
- 判断に時間がかかる
- ミスや確認漏れが増える
といった形で現れることがあります。
つまり、本人の「気持ち」の問題だけではなく、仕事を処理するための頭の働き自体が低下していることがあるということです。
症状よりも「仕事をする力」の回復が遅れることがある
うつ病から回復するとき、すべての症状が同じ速さで良くなるわけではありません。
「眠れるようになった」
「食欲が戻った」
「気分の落ち込みがなくなった」
「休日には外出できるようになった」
という状態になっても、仕事に必要な頭の働きが十分に回復していないことがあります。
つまり、
「症状が良くなった」
=「仕事をする力も元通りになった」
ではありません。
気分や睡眠が先に改善し、考える・覚える・判断するといった力は、その後ゆっくり回復していくことがあります。
ここは、人事担当者にぜひ知っておいていただきたいポイントです。
日常生活では分からず、仕事をして初めて分かることもある
本人自身も、こうした違いに気づいていないことがあります。
自宅では問題なく生活できていても、実際に仕事を始めると、
「メールを読むのに以前より時間がかかる」
「会議の内容を整理できない」
「いくつかの仕事を頼まれると、何から手をつければよいか分からない」
「一日働くと非常に疲れる」
といった問題が初めて明らかになることがあります。
日常生活と仕事では、求められる負荷が大きく違うからです。
仕事では、メールを読みながら電話に対応し、途中で別の依頼を受け、優先順位を考えながら業務を進める、といったことが日常的に起こります。
そのため、日常生活ができることと、仕事を安定して続けられることは同じではありません。
「元気そうなのに仕事ができない」は矛盾ではない
本人は明るく話している。見た目にも元気そうで、「もう大丈夫です」と言っている。
それなのに、仕事を任せると、作業が遅い、ミスが増える、以前のように判断できない。
すると、
「本当にまだ病気の影響があるのだろうか」
「やる気の問題ではないか」
と思ってしまうことがあります。
しかし、医学的には必ずしも矛盾していません。
気分などの症状が改善していても、仕事に必要な頭の働きがまだ回復途中であることがあるからです。
もちろん、仕事上の問題がすべて病気によるものではありません。業務量、仕事への習熟度、人間関係、職場環境などの影響も考える必要があります。
だからこそ、「病気だから仕方がない」と決めつけることも、「元気そうだから病気とは関係ない」と決めつけることも避ける必要があります。
人事が見るのは「病気」ではなく「仕事上の事実」
人事担当者が認知機能を医学的に評価する必要はありません。
確認していただきたいのは、実際の仕事で何が起きているかです。
例えば、
「以前は1時間で終わっていた仕事に2時間かかる」
「一つずつ指示すればできるが、複数の指示が入ると混乱する」
「午前中は問題ないが、午後になるとミスが増える」
といった具体的な事実です。
こうした情報があれば、産業医も病状と仕事との関係を考えやすくなります。
逆に、「何となく仕事ができていない」という情報だけでは、医学的にも判断が難しくなります。
「仕事ができるか」は仕事内容によって変わる
同じ程度まで回復していても、仕事内容によって影響は違います。
自分のペースで一つの作業を行う仕事と、電話やメールに対応しながら複数の案件を処理する仕事では、必要となる能力が異なります。
管理職であれば、その場で判断し、複数の案件の優先順位をつけることが求められます。
製造現場であれば、判断の遅れや確認漏れが安全上の問題につながる場合もあります。
したがって、
「症状が良くなったから働けるか」ではなく、
「現在の状態で、この仕事を安定して続けられるか」
という視点が重要です。
復職できても、すぐに100%に戻るとは限らない
復職できる状態になったとしても、その時点で休職前とまったく同じ能力に戻っているとは限りません。
症状や生活リズムが改善し、仕事に戻れる状態になっていても、仕事に必要な頭の働きは、その後も時間をかけて回復していくことがあります。
そのため、
「復職できた=完全に元通り」
と考えず、復職後の実際の仕事ぶりを確認していくことが重要です。
なお、主治医がどのように「復職可能」と判断しているのかについては、別の記事で詳しく解説しています。
※内部リンク:「主治医は『復職可能』をどう判断しているのか?精神科医が人事担当者向けに解説」
判断に迷うときに精神科産業医が役立つ
実務では、
「これは病気の影響なのか」
「どの程度まで仕事を任せてよいのか」
「どこまで配慮する必要があるのか」
と判断に迷う場面があります。
人事や上司は仕事内容をよく理解していますが、現在起きている問題が病状によるものなのかを医学的に判断することは困難です。
一方、主治医は病状を詳しく把握していますが、実際の職場や仕事内容を十分に把握していないことがあります。
そこで、産業医には**「病状」と「仕事」の間をつなぐ役割**があります。
特に精神科を専門とする産業医であれば、
「症状は改善しているが、仕事に必要な力がまだ回復途中ではないか」
「現在の仕事内容では、どの部分に負荷がかかるのか」
「どのような就業上の配慮が医学的に必要なのか」
といった点を整理し、会社に医学的な意見を伝えることができます。
最終的な就業上の判断を行うのは会社ですが、その判断に必要な医学的情報を整理することが産業医の重要な役割です。
まとめ|症状と仕事をする力には回復の時間差がある
うつ病では、気分や睡眠などの症状が改善しても、考える、覚える、集中する、判断するといった仕事に必要な力の回復には時間がかかることがあります。
そのため、
「元気になった」
「症状が良くなった」
「復職できた」
ことと、
「休職前と同じように仕事ができる」
ことは、必ずしも同じではありません。
人事担当者に求められるのは、病気を診断することではなく、実際の仕事で何ができていて、何が難しくなっているのかを具体的に整理することです。
そして、
「病気の影響なのか分からない」
「どこまで配慮すればよいか判断できない」
という場合には、産業医に医学的な評価を求めることが選択肢になります。
特にメンタルヘルス対応では、精神科の医学的な視点と、実際の仕事内容をつなげて考えることが、適切な就業判断につながります。
メンタルヘルス対応でお困りの企業担当者の方へ
横浜・辻産業医事務所では、精神科専門医・産業医として、休職・復職、就業上の配慮、主治医との情報連携など、企業のメンタルヘルス対応を支援しています。
「主治医から診断書が出たが、会社としてどう判断すればよいか分からない」
「復職後に仕事がうまくいっていない」
「本人から配慮を求められたが、医学的にどこまで必要なのか判断に迷っている」
といった場合もご相談いただけます。
※本記事は一般的な精神科医療・産業保健について解説したものです。認知機能の回復には個人差があり、すべてのうつ病の方に認知機能低下がみられるわけではありません。実際の就業可否や就業上の配慮については、病状、仕事内容、職場環境などを踏まえて個別に判断する必要があります。
