従業員が自傷・過量服薬(オーバードーズ)によって救急搬送された後、「退院したので今日から出勤したい」と連絡してきた。
このようなケースでは、本人が「働けます」と話していたとしても、会社としてそのまま出勤を認めてよいのか、判断に迷うところです。
特に人事労務の専任担当者がいない中小企業では、突然このような連絡を受け、「本人が希望しているなら出勤させてもよいのではないか」と考えてしまうこともあるでしょう。
しかし、過量服薬に至った経緯や現在の健康状態を十分に確認できていない状態では、慎重な対応が必要です。
架空の事例
従業員Aさんが夜間に自宅で大量の薬を服用し、家族が発見して救急搬送されました。
翌日、退院したAさんから人事担当者に「もう大丈夫です。今日から普通に働きたいです」と連絡がありました。
会社には産業保健の専任スタッフがおらず、人事担当者は、そのまま出勤を認めてよいのか判断できず困っています。
結論:その場で通常勤務を認めず、まずは「かかりつけ医」を受診してもらう
このような場合には、その場で通常勤務を認めるのではなく、まずは「かかりつけ医」を受診してもらい、就業の可否について診断書を提出してもらうことを検討してください。
精神科のかかりつけ医がいない場合には、初診を受け付けている精神科・心療内科などの医療機関を探し、受診してもらうことを検討します。
重要なのは、「救急病院を退院した=精神的にも就業可能な状態である」と会社だけで判断しないことです。

人事労務が取り得る選択肢
選択肢① 本人の希望どおり、そのまま出勤してもらう
本人が「もう大丈夫」「仕事をしたい」と話している場合、その意思を尊重して出勤を認める方法です。
メリット
本人の希望を尊重でき、業務への復帰も早くなります。また、会社側の手続きも少なく済みます。
リスク
最大の問題は、会社が本人の就業可能性を判断することが難しいという点です。
「救急病院を退院したのだから、精神面についても十分に評価されているのではないか」と考える方も多いかもしれません。
しかし、精神科医が常勤していない救急病院もあります。私の経験上、身体面の治療が終了したことをもって退院となるケースもみられます。
したがって、「退院した」という事実だけで、精神的にも安定しており、安全に働ける状態だと判断することはできません。
現在の心身の状態が十分に分からないまま勤務を再開すると、再び危険な状態になる可能性があります。最悪の場合には、会社の責任問題となることも考えられます。
選択肢② 一律に「しばらく休んでください」と伝える
安全を優先して、一定期間出勤させない方法も考えられます。
メリット
退院直後の状態で勤務させることによる健康・安全上のリスクを避けやすくなります。
リスク
一方で、医学的な根拠や就業規則上の根拠を確認せず、会社だけの判断で長期間休ませてしまうと、本人とのトラブルにつながる可能性があります。
また、「いつまで休ませるのか」という期間を会社だけで決めることも簡単ではありません。
さらに、出勤させないことは給与の取り扱いにも関係するため、労務上のトラブルにつながる可能性があります。
「過量服薬をした人だから働かせない」と一律に判断するのではなく、現在の健康状態と仕事内容を踏まえて、就業が可能な状態なのかを精神科主治医に判断してもらうことが重要です。
選択肢③ 主治医の意見を確認して就業を判断する
本人に状況を説明し、主治医から「勤務可能か」「就業上どのような配慮が必要か」について意見を確認します。
さらに産業医がいる場合には、本人との面談や主治医からの情報、実際の仕事内容などを踏まえて、就業上の措置について会社に意見を述べてもらいます。
メリット
本人の自己申告だけではなく、医学的な情報を踏まえて判断できることが大きなメリットです。
また、
- 通常勤務が可能
- 残業を制限して勤務する
- 夜勤を避ける
- 一定期間休業した後に再評価する
など、単純に「休む・働く」の二択ではなく、具体的な就業上の配慮を検討できます。
専門家の判断を踏まえて会社として対応を検討できるため、万が一の際の企業リスクを低減することにもつながります。
リスク
一方で、主治医の診断書に「就業可能」と記載されていても、実際の仕事内容や就業規則を主治医が十分に把握していない場合があります。
また、診断書に就業上の配慮として「配置転換を要する」などと記載されるケースもあります。
しかし、企業の規模や人員配置によっては、主治医が求める配慮をそのまま実施することが難しいこともあります。
そのため、主治医の診断書を受け取るだけで終わらず、その内容を実際の職場でどのように実現できるのかを検討する必要があります。
なぜ「主治医の意見+産業医等による確認」がベストなのか
主治医が「仕事をしてもよい」と判断していたとしても、それだけで会社での通常勤務が可能とは限りません。
主治医は治療の専門家ですが、患者本人の具体的な仕事内容や職場環境まで把握していないことがあるためです。
そこで産業医が関与する場合には、
「医学的にはどのような状態なのか」
だけではなく、
「その状態で、この会社の、この仕事を安全に行えるのか」
「就業規則や職場の状況を踏まえ、どこまで就業上の配慮が可能なのか」
という視点から整理することができます。
例えば、
- 一人勤務があるのか
- 夜勤があるのか
- 本人が不調になった際に周囲が対応できる環境なのか
- 配置転換を行う余力があるのか
などによって、必要な対応は変わります。
つまり、会社が判断すべきなのは、「過量服薬をした従業員を出勤させてよいか」という抽象的な問題ではありません。
現在の医学的な状態はどうなのか。主治医はどのように判断しているのか。実際にどのような仕事をしているのか。職場で想定されるリスクは何か。必要な配慮を会社として実施できるのか。
こうした論点を一つずつ整理し、必要な情報をそろえたうえで、就業の可否を判断することが重要です。
人事担当者だけで抱え込まず、専門家へ相談を
過量服薬後の出勤対応には、医学的な問題だけでなく、安全配慮、休職・復職制度、就業規則など、複数の問題が関係します。
そのため、今回紹介した対応はあくまでも一般的な考え方であり、すべてのケースにそのまま当てはまるわけではありません。
医学的な状態や就業上の配慮については産業医、休職・復職制度や就業規則などについては社会保険労務士、会社の対応に法的な問題が生じる可能性がある場合には弁護士への相談を検討してください。
特に、「退院したから大丈夫」「本人が働きたいと言っているから大丈夫」と会社だけで判断するのではなく、まずは精神科医に判断を仰ぐことが重要です。
ただし、精神科医は職場の状況や実際の仕事内容、企業として可能な配慮の範囲まで正確に把握しているとは限りません。
そのため、主治医の判断を実際の職場でどのように取り扱えばよいか迷う場合には、必要に応じて精神科領域に詳しい産業医に相談することも選択肢の一つです。
