社員から「最近眠れない」「仕事に行こうとするとつらい」「上司との関係について相談したい」と言われたとき、人事担当者として、精神科を受診してもらうべきなのか、カウンセリングを勧めるべきなのか迷うことがあります。
精神科医とカウンセラーは、どちらもメンタルヘルスに関わる専門家ですが、役割は同じではありません。
分かりやすく言えば、精神科医は患者さんを診断し、どのような治療が必要なのかという治療方針を考える役割を担い、カウンセラーはその治療方針の中で心理的支援や心理療法を担う専門職です。
この違いを理解すると、企業のメンタルヘルス対応でも「誰に何を相談すればよいのか」が整理しやすくなります。
医師の仕事は「診断して、治療方針を決めること」
精神科に限らず、医師の重要な仕事は、患者さんの状態を評価し、診断を行い、必要な治療方針を考えることです。
例えば内科を受診した患者さんについて、医師が胸部のCTが必要と判断すれば、放射線技師などが検査を行います。
医師は、そのCTや血液検査、診察結果などを総合して診断を行います。
薬物療法が必要であれば薬を処方し、その処方に基づいて薬剤師が調剤を行います。
つまり、医療では一人の医師がすべての業務を行っているわけではありません。
医師が患者さんの状態を医学的に評価し、どの検査が必要なのか、どのような治療を行うのかという全体の方針を決め、さまざまな専門職がそれぞれの役割を担っています。
精神科医療も基本的には同じです。
精神科医も「何が必要な治療なのか」を考える
精神科医は、診察を通じて患者さんの症状、これまでの経過、生活状況などを確認します。
そして、
「うつ病なのか」
「適応障害なのか」
「不安障害なのか」
「薬物療法が必要なのか」
「十分な休養が必要なのか」
「心理療法が有効なのか」
といったことを考え、治療方針を決めていきます。
薬物療法が必要であれば精神科医が薬を処方します。
一方、本人の考え方や行動のパターンを整理したり、ストレスへの対処方法を身につけたりする心理的なアプローチが有効と考えられる場合には、カウンセラーによる心理療法・心理的支援を組み合わせることがあります。
つまり精神科医の仕事は、単に「薬を出すこと」ではありません。
患者さんの状態を診断し、その患者さんにどのような治療が必要なのかを考えることが中心的な役割です。
カウンセラーは心理的支援を実際に担当する専門職
一方、カウンセラーは、対話を通じた心理的な支援を行います。
例えば、
・職場の人間関係について整理する
・ストレスへの対処方法を考える
・物事の捉え方や考え方を整理する
・感情を言葉にして整理する
・再発を防ぐための対処方法を身につける
といった支援があります。
心理療法にはさまざまな方法があり、認知行動療法など、一定の理論や方法に基づいて行われるものもあります。
精神科医が心理療法やカウンセリングを行うこともありますが、実際の精神科医療では診断、医学的評価、薬物療法などを精神科医が担当し、継続的な心理的支援については公認心理師や臨床心理士などのカウンセラーが担当することが一般的です。
「精神科医とカウンセラーのどちらがよいか」という話ではない
ここで重要なのは、精神科医とカウンセラーのどちらが優れているかという問題ではないということです。
役割が違います。
例えば、患者さんに強い不眠や抑うつ症状があり、うつ病が疑われているとします。
この場合、まず必要になるのは、
「どのような病気なのか」
「休養が必要なのか」
「薬物療法が必要なのか」
「自傷や自殺の危険性はないのか」
という医学的な評価です。
これは精神科医の役割です。
そのうえで、症状がある程度改善し、
「仕事でストレスを抱えたときにどう対処するか」
「完璧にやろうとする考え方をどう修正するか」
「再発を防ぐためにどのような行動を取るか」
といった課題に取り組む場合には、心理職による支援が役立つことがあります。
つまり、診断・治療方針を考える役割と、心理的な支援を実際に行う役割を組み合わせることで治療が進んでいくと考えると分かりやすいでしょう。
人事担当者が「とりあえずカウンセリング」と考える際の注意点
企業のメンタルヘルス対応では、「本人が悩んでいるので、まずカウンセリングを受けてもらおう」と考えることがあります。
もちろん、職場の悩みやストレスについて話を整理するという目的であれば、カウンセリングが有効な場合があります。
しかし注意が必要なのは、本人が単なる悩みだと思っていても、実際には精神疾患を発症している場合があることです。
例えば、
・何週間も眠れていない
・食欲が著しく低下している
・遅刻や欠勤が急に増えた
・これまでできていた仕事ができなくなった
・表情や話し方が以前と大きく違う
・「消えてしまいたい」「死にたい」と話している
といった変化がみられる場合には、単に話を聞いてもらうだけでは十分ではないことがあります。
病気なのかどうか、治療が必要なのかどうかという医学的な評価が必要になるため、精神科や心療内科などの医療機関につなぐことを検討する必要があります。
一方で「精神科に通っているから十分」とも限らない
反対に、精神科に通院して薬を飲んでいれば、それだけですべてが解決するわけでもありません。
例えば症状が改善してきても、
「ストレスがかかったときの対処方法が以前と変わっていない」
「職場で同じ問題が起きたときにどう対応するか整理できていない」
「自分の考え方や行動の癖について十分に振り返れていない」
ということがあります。
このような場合には、心理療法やカウンセリングが有効なことがあります。
精神科医による診察とカウンセリングは、どちらか一方を選ぶものではなく、患者さんの状態や治療目標によって組み合わせていくものです。
企業ではさらに「産業医」という役割がある
企業のメンタルヘルス対応では、さらにもう一つ重要な役割があります。
それが産業医です。
主治医である精神科医は、患者さんの病気を診断し、治療することが中心です。
一方、産業医は、
「現在の健康状態でどの程度働けるのか」
「仕事を続ける場合にどのような配慮が必要なのか」
「復職する場合、どのような条件で復職するのか」
という、健康状態と仕事との関係を考えます。
例えば、主治医が「復職可能」と判断したとしても、それだけで直ちに通常勤務が可能とは限りません。
生活リズム、通勤、勤務時間、仕事に必要な集中力や判断力などを考慮しながら、実際の職場で働ける状態にあるかを確認していく必要があります。
この部分を会社と本人の間で調整することが、産業医の重要な役割になります。
「誰に相談するか」ではなく「何を判断してほしいか」で考える
精神科医とカウンセラーのどちらに相談すればよいか迷ったときは、
「この専門家に何をしてほしいのか」
を考えると整理しやすくなります。
病気なのかどうか、治療が必要なのか、薬が必要なのかといった医学的な判断が必要であれば、精神科医の役割です。
一方で、本人が自分の気持ちや考え方を整理したり、ストレスへの対処方法を身につけたりすることが目的であれば、カウンセラーや心理職による支援が有効な場合があります。
そして、
「この状態で仕事を続けてもよいのか」
「会社としてどこまで配慮すればよいのか」
「復職させる場合に何を確認すればよいのか」
といった問題は、産業医が関与する領域です。
メンタルヘルス対応では、精神科医、カウンセラー、産業医がそれぞれ異なる役割を持っています。
それぞれの役割を理解し、必要に応じて連携することが、本人にとっても会社にとっても適切な対応につながります。
横浜・辻産業医事務所では、精神科専門医としての臨床経験を活かし、メンタルヘルス不調者への対応、休職・復職支援、就業上の配慮などについて、医学的な視点と実際の職場の双方を踏まえて支援しています。
「医療機関につなぐべきか、カウンセリングを勧めるべきか分からない」「精神科には通院しているが、会社としてどのように対応すればよいか分からない」といった場合にも、産業医と相談しながら整理することができます。
