社員から突然、「もう死にたいです」「消えてしまいたいです」と相談されたら、会社としてどのように対応すればよいのでしょうか。
特に、人事労務の専任担当者がいない中小企業では、「どこまで話を聞いてよいのか」「そのまま家に帰してよいのか」「家族に連絡してよいのか」「精神科を受診してもらうべきなのか」と、判断に迷うことも少なくありません。
このようなケースで重要なのは、人事担当者だけで自殺の危険性を判断しようとせず、まず本人の安全を確保し、速やかに医療・産業保健の専門家につなぐことです。
架空の事例
従業員約40名の会社で働く30代の社員から、人事担当者に「仕事で迷惑ばかりかけています。もう消えてしまいたいです」と相談がありました。
本人は涙を流していますが、「大丈夫です。今日は帰ります」と話しています。精神科への通院歴はなく、会社には常勤の産業医や保健師もいません。
人事担当者は、「本人が帰りたいと言っているので、そのまま帰宅させてもよいのだろうか」と迷いました。
結論:本人を一人にせず、安全を確保したうえで、まずは家族に連絡して精神科・心療内科の受診につなげる
このケースでは、単に「今日は休んでください」と伝えて一人で帰宅させるのではなく、本人の安全を確保したうえで、家族等の協力を得ながら、精神科・心療内科などの医療機関につなげることが重要です。
「死にたい」「消えたい」という言葉があったからといって、すべてのケースで自殺の危険が差し迫っているとは限りません。
一方で、人事担当者が「本気ではなさそう」「いつもの愚痴だろう」と判断してしまうことにもリスクがあります。
まずは落ち着いて本人の話を聞き、次のような点を確認します。
- 「死にたい」という気持ちは現在もあるのか
- 自殺する具体的な方法や予定について考えているのか
- すでに何らかの行動を起こしていないか
- 現在、一人にしても安全と考えられる状態なのか
- 家族など、本人を支援できる人はいるのか
- 精神科・心療内科などに通院しているのか
家族が本人の不調の原因となっていない場合には、本人の同意を得たうえで家族に連絡し、家族に付き添ってもらい、精神科・心療内科の受診につなげます。
私の経験上、特に「死にたい」という気持ちが強い場合には、本人が十分に判断できる状態ではなく、自分から精神科・心療内科を受診することが難しいケースもみられます。
また、状態が重い場合には、帰宅後も家族などによる見守りが必要となったり、家族の同意のもとで精神科への入院が必要となったりすることもあります。
そのため、本人だけに対応を任せるのではなく、できる限り家族など本人を支えられる人に関わってもらうことが重要です。
特に、具体的な自殺方法や計画を話している、すでに自傷行為や過量服薬をしている、意思疎通が十分にできないなど、生命・身体への危険が差し迫っている場合には、通常の人事対応の範囲を超えています。
このような場合には、本人の安全確保を最優先にして対応する必要があります。

人事労務が取り得る対応と、それぞれのメリット・リスク
① 本人の話を聞いて、そのまま帰宅させる
本人が「少し話したら楽になりました」「家に帰れば大丈夫です」と話すケースです。
メリットは、本人の意思を尊重しやすく、会社としても対応が簡単なことです。
一方で、帰宅後に一人になり、状態が悪化して自殺を図る可能性があります。
そのため、「本人が大丈夫と言った」という理由だけで、安全と判断することには注意が必要です。
② 本人の話を聞き、精神科・心療内科の受診を勧めて、そのまま帰宅させる
「死にたい」という気持ちの背景に、うつ病などの精神疾患があることもあります。
精神科・心療内科などの医療機関につなぐことで、医学的な評価を受け、必要な治療につなげられることが大きなメリットです。
ただし、会社が「精神科を受診してください」と伝えただけでは、本人が実際には受診しないこともあります。
そのため、本人を支援したり見守ったりする人がいない状態で、そのまま一人で帰宅させることにはリスクがあります。
③ 家族などに連絡し、精神科・心療内科受診への付き添いを依頼する
本人の同意を得たうえで家族等に状況を説明し、会社まで迎えに来てもらったり、医療機関への受診に付き添ってもらったりする方法です。
メリットは、精神科・心療内科の受診につながりやすくなることに加えて、会社を離れた後も本人が一人になることを避けやすく、継続的な見守りにつなげられることです。
一方で、本人が家族への連絡を強く拒否する場合があります。
また、家庭環境そのものが本人のストレスの原因となっている可能性もあります。そのような場合には、家族ではなく、本人が信頼できる人への連絡を検討する必要があることもあります。
本人の安全とプライバシーの双方を考えながら判断する必要があります。
なぜ「安全確保+専門家への接続」がベターなのか
このようなケースで最も難しいのは、「死にたい」という言葉だけから、会社が自殺の危険性を正確に判断することが難しい点です。
例えば、「死にたいという気持ちはあるものの、具体的な方法や計画までは考えていない」というケースと、「すでに方法を決めており、実行するつもりでいる」というケースでは、必要な対応が大きく異なります。
また、本人が「大丈夫です」と話しているからといって、安全が保証されるわけではありません。
厚生労働省の「こころの耳」でも、職場のメンタルヘルス対策において、管理監督者による部下からの相談対応や、産業医・保健師などの産業保健スタッフによる支援が位置づけられています。
人事担当者が、精神科医と同じように自殺の危険性を判断する必要はありません。
会社として重要なのは、本人の安全を守りながら、「会社だけで判断してよい問題なのか」「医療につなぐ必要があるのか」を整理することです。
判断が難しい場合には、人事担当者だけで抱え込まず、医療・産業保健の専門家に相談することが重要です。
精神科産業医へのスポット相談を検討した方がよいケース
特に50人以下の企業では、産業医が選任されていなかったり、産業医がいてもすぐに相談できなかったりすることがあります。
例えば、次のようなケースでは、精神科産業医へのスポット相談を検討することをお勧めします。
- 「死にたい」「消えたい」と言われたが、どの程度深刻なのか分からない
- リストカットなどの自傷行為や過量服薬を何度も繰り返している
- 精神科・心療内科の受診を勧めるべきか迷っている
- 休職させるべきか、勤務を継続させてよいのか判断できない
- 本人が家族への連絡や受診を拒否している
- 主治医から診断書が提出されたが、会社としてどのように対応すべきか分からない
このような場面では、精神科産業医が本人の状態を確認するだけではなく、
「自殺の危険性を判断するために、さらに何を確認すべきか」
「一人で帰宅させてもよい状況なのか」
「医療機関への受診をどの程度急ぐ必要があるのか」
「就業を継続させることが適切なのか」
「会社として誰が、どこまで対応するのか」
といった論点や不足している情報を整理することができます。
これにより、人事担当者だけで難しい判断を抱え込むことを避け、会社として次に何をすべきかを整理しやすくなります。
私は、自殺企図による救急搬送を多数受け入れている救急病院において、精神科医として「死にたい」という気持ち(希死念慮)の評価を日常的に行っています。
「このまま帰宅させてよいのか」「どの程度緊急性があるのか」「会社としてどう対応すればよいのか」と判断に迷う場合には、当事務所へのご相談をご検討ください。
最後に
社員から「死にたい」「消えたい」と相談された場合、会社として最も避けたいのは、人事担当者だけで「大丈夫だろう」と判断し、対応を終えてしまうことです。
まず本人の安全を確保し、必要な情報を確認したうえで、精神科・心療内科などの医療機関や産業医などの専門家につなぐことが重要です。
なお、本記事は、職場における一般的な対応について解説したものであり、個別のケースについて医学的・法的な判断を示すものではありません。
実際にどのような対応が適切かは、本人の状態や発言内容、家族との関係、職場の状況などによって異なります。対応に迷う場合には、産業医などの医療専門職に相談するとともに、労務上の対応については社会保険労務士、法的な判断が必要な場合には弁護士への相談をご検討ください。
