「産業医をお願いするなら、どの診療科の医師がよいのだろう?」
産業医には、内科、外科、精神科など、さまざまな診療科の医師がいます。もちろん、診療科だけで産業医の良し悪しが決まるわけではありません。
一方で、私は精神科医が産業医を務めることには大きなメリットがあると考えています。
その理由は、メンタルヘルスの問題はどの職場でも起こる可能性があり、その対応には専門的な知識が必要になることが多いからです。
身体疾患は比較的対応を整理しやすい
例えば、健康診断で高血圧を指摘された社員がいたとします。
血圧の数値を確認し、必要であれば医療機関への受診を勧めます。すでに治療している場合には、治療状況を確認します。
もちろん、身体疾患にも判断が難しいケースはあります。
ただし、産業医が会社で対応する場合、検査結果や症状、治療状況など、比較的客観的な情報をもとに対応を考えられることが少なくありません。
一方、メンタルヘルス不調への対応は、もう少し複雑です。
メンタルヘルス不調は「病名」だけでは判断できない
例えば、「うつ病」と診断された社員がいたとします。
「うつ病だから休職」と単純に決めることはできません。
同じ診断でも、普通に働ける人もいれば、残業を減らした方がよい人、仕事を休んだ方がよい人もいます。
そのため、
- 眠れているか
- 集中力は低下していないか
- 疲れやすくなっていないか
- 通勤できる状態か
- 現在の仕事を続けられるか
- 仕事や人間関係が症状に影響していないか
などを確認する必要があります。
つまり、病名だけではなく、「今の状態でどのくらい働けるのか」を考える必要があります。
精神科医は精神症状を専門的に評価できる
精神科医は、うつ病、適応障害、不安症、双極性障害、統合失調症などの精神疾患を日常的に診療しています。
そのため、抑うつ、不安、不眠、意欲低下、集中力低下、疲労感などの精神症状を評価することを専門としています。
産業医としては、その症状があるかどうかだけではなく、**「仕事にどの程度影響しているのか」**を考えることが重要です。
そのうえで、
「今の仕事を続けても大丈夫か」
「しばらく残業を減らした方がよいか」
「業務量を減らした方がよいか」
「いったん休んだ方がよいか」
など、実際の働き方を会社と一緒に考えていきます。
これは精神科医が産業医を務める大きな強みです。
精神科医は「対話を通じた支援」を専門としている
精神科医のもう一つの強みは、本人と話しながら、必要な行動につなげていくことを日常的に行っていることです。
例えば、健康診断で高血圧を指摘された社員が、
「症状がないから大丈夫です」
「忙しいので病院には行きたくありません」
と話していたとします。
このとき、「病院に行ってください」と伝えるだけでは、実際には受診してもらえないことがあります。
そこで、なぜ受診したくないのか、本人が高血圧をどのように考えているのかを確認します。そのうえで、受診する必要性を説明し、本人が納得して受診できるように働きかけます。
精神科医は、日常の診療でもこのようなやり取りを繰り返しています。
この力はメンタルヘルス対応だけでなく、健康診断後の受診、生活習慣の改善、治療の継続などにも活かすことができます。
医学的に正しいことを伝えるだけではなく、本人が実際に行動できるように支援することも、精神科医が産業医を務める強みです。
復職では「復職した後」も重要
精神科医の専門性が特に活かされるのが、メンタルヘルス不調からの復職です。
主治医から「復職可能」という診断書が出ても、すぐに以前と同じように働けるとは限りません。
復職後に、
「午後になると疲れてしまう」
「集中力が続かない」
「仕事が増えると眠れなくなる」
といった問題が出てくることもあります。
精神科産業医であれば、復職後も精神状態と勤務状況を確認し、必要に応じて残業制限や業務量の調整などを会社に提案できます。
反対に、安定して働けるようになれば、配慮を少しずつ解除することも検討します。
「復職できるか」を判断するだけでなく、復職後の状態を見ながら仕事の負荷を調整できることも重要です。
精神科・心療内科の診断書への対応にも強い
会社には、「1か月の休養を要する」「復職可能」「残業禁止」「配置転換を要する」といった診断書が提出されることがあります。
しかし、診断書を受け取っただけでは、会社が具体的に何をすればよいのか分からないこともあります。
例えば「配置転換を要する」と書かれていても、なぜ配置転換が必要なのか、どのような仕事ならできるのかを確認する必要があります。
精神科産業医であれば、診断書の内容だけで判断せず、本人の状態や仕事内容を確認したうえで、会社としてどのような対応が必要なのかを整理することができます。
メンタルヘルスの問題は、どの職場でも起こり得る
「これまでメンタルヘルスの問題はほとんどなかった」という会社もあると思います。
しかし、これまで元気に働いていた社員が突然出勤できなくなったり、休職の診断書を提出したりすることは、どの職場でも起こり得ます。
そのとき会社には、休職させるのか、仕事を続けてもらうのか、どのような配慮をするのか、いつ復職してもらうのか、といった判断が必要になります。
そのため、産業医を選ぶ際には、健康診断や職場巡視への対応だけでなく、**「メンタルヘルスの問題が起きたときに対応できるか」**という視点も重要です。
まとめ
精神科医が産業医を務める強みは、単に「精神疾患に詳しい」ということだけではありません。
精神症状を専門的に評価できること、本人と話しながら必要な行動につなげられること、そして休職・復職から復職後の働き方まで継続して考えられることにあります。
また、こうした対話の力は、健康診断後の受診勧奨など、身体疾患への対応にも活かすことができます。
メンタルヘルスの問題は、業種や会社の規模にかかわらず起こる可能性があります。
そのため、これから産業医を選ぶ企業にとって、精神科医であることは、産業医を選ぶ際の重要な判断材料の一つになると考えます。
